日曜ブログの55回目です。
しれっと始めていますが一か月ぶりに筆をとります。
サボっていたのかというツッコミの声に対しては声を大にしてこう言いたい。
別に毎回見てないだろって。
「一か月休もう」と決めて休んでいたからサボりではない!
休んでいた理由はちょっと目や喉が痛い日々が続いたからです。
多分、黄砂アレルギーです。
(勢い余ってコンタクトも新調しました)
小さいころから母親が
「あなたは良く寝ないとダメな子だから
調子が良くないと思ったら8時間以上寝なさい」
って言っていたので今さらながら守っています。
睡眠と運動を大切に。
休むならしっかり休む。
もっと早くそう思えるようになれば良かったです。
さて本題。
「母について」です。
今朝、車で出かけようとしたら路駐をしている邪魔な車がありました。
その車はボロボロとは言わないけど結構年季の入った車で、その車から
早起きしたからなのか、やや眠そうなおじさんが一人降りてきました。
「なんだよ、邪魔だなあ。」
車動かしたいから声掛けようかなと思ったその時。
おじさんはトランクに向かい、
ガチャっとトランクをあけました。
そこに見えたのは
大きな綺麗な赤い花の花束。
言葉を失い、車に乗るのをやめて
10分ほど散歩することにしました。
戻ったら車はもうなく、
その家の前には赤い花束を持って笑顔で話をする
老夫婦の姿がありました。
おそらく息子さんが朝早くから一人で花束を持って
両親に会いに来たのでしょう。
こんな美しい光景あるかよと
朝から感動してしまっていたわけです。
そう、前置きが長くなりました(本当に)
本日5月12日は皆さんご存じの通り母の日です。
会話にも数日前から母の日だねなんて話題があがったり、
スーパーにも特設コーナーがあったりしています。
本当いつになったら父の日の扱いが母の日に肩を並べる日が来るのでしょうか?
と毎年思うわけです。
しかし、今年はそこからもう一歩踏み込んで考えてみます。
すると役割の違いというか、存在の違いというか父と母は根本的に違っていて
父の日も母の日も、比べるものではないとようやく気が付いたのです。
父は憧れや、尊敬の対象で
母は安心や、癒しの対象で
共に戦っているイメージの父と
いつでも味方のイメージの母。
母なる海という言葉もあるように
「どんなことがあっても味方でいてくれる存在」
っていうのは
人生において他に代えがたい存在だと思うのです。
頭が良いから
恰好いいから
お金があるから
仕事が出来るから
何かを持っているから
みたいな他人が図ってくるような
前提条件なんて何もありません。
例え誰かと比べて、全てが劣っていたとしても
あなたにはあなたの良さがあると
きっと信じてやまないであろう母という
存在にはかなわないなと思わされます。
「大丈夫、私の子だから」
一体全体、その自信はどこから来るのかはわかりません。
ただ、不思議なことに。
だからこそ、自分で自分を疑ってはいけないし
信じようと思ってしまう自分がいます。
そんな「身長が毎年縮んでいる」母は
笑顔で言っていました。
「70歳を過ぎたけど
毎日キョロキョロしながら楽しみたい」
ってね。
ああ、なるほど。
どうりで息子もキョロキョロしとるわと
思った母の日でした(笑)
今日はこのへんで。
ではでは。