日曜ブログの140回目。
皆様、こんにちは。 京都市西京区、株式会社クライフ代表の唐津です。
(たまにはちゃんと挨拶しておきます)
そして先日、不動産管理業界でも最高峰資格とも言えるCPMの最終試験を終えられた
受験生のみなさん、おつかれさまでした。
一つだけ、先輩として言わせてください。
忘れないで欲しいのは金融電卓の使い方よりも「受かるのが目的じゃない」ってことです。
これからその知識や出会った仲間の力を活かして、目の前の人の役に立ってなんぼですから、
失速することなく活躍してください。
価値をクレクレで貰うのではなく、もっと自分達の力でこの資格を、この団体の価値を上げていって欲しいです。
まあ、本当に良い資格なのですが、最終試験がやや簡単になったのは個人的に残念です・・・
だってラスボスが大したことないゲームって食い足りないでしょう。
それは仕方がないのですが現役である限り、自分にプレッシャーかけないとダメですよ。
まだ何も成し遂げていないなら油断しないことです。
ちなみに自分は団体行動が苦手で、人脈でビジネスとかって得意ではありませんが、
団体である限り、人脈でビジネスすることもあるでしょう。
でも、常に自分の実力を問うて欲しいなと思います。
「自分がクライアントだったら、自分に任せたいか?」
それで胸が張れる、手を挙げれるプロになって欲しいなと切に願います。
自戒の念も込めて。
さて、本題。
「失敗の捉え方」について。
1月も下旬に入りました。 世間を見渡すと、年始の「やる気満々モード」から一転、
どことなく空気が重い気がしませんか?
いわゆる「新年鬱」とやらが流行っているそうです。
私の周囲でも、「今年はこれをやる!」と高らかに宣言していた人が、早くも目標倒れしたのか、落ち込んでいたり、現実逃避で遊び倒している姿を見かけます。
遊び倒している人は体力とお金が続く限り好きにしてもらうとして、
今日はこの「勝手に落ち込んでしまう現象」を話したいなと。
唐突ですが、「ビギナーズラック」という言葉をどう解釈していますか?
初心者がマグレで勝つこと? 運が良かっただけ?
ちっちっち。
違います。
あれは運ではありません。
初心者は「失敗することの怖さ」を知らないから余計な力など入らず
本来のポテンシャルが出せたのだと思うのです。
逆に、経験を積んで「失敗したらどうしよう」「ここでミスしたら恥ずかしい」と
中途半端に知恵がつくと、途端にうまくいかなくなる。
意識が「成功」ではなく「失敗の回避」に向いてしまうからです。
ビジネスでも人生でも、 「失敗は、恐れれば恐れるほどに実現する」 という厄介な法則が、
この世にはあるように感じています。
これこそが、唐津式ビギナーズラックの正体です。
怖いもの知らずのビギナーよりも、
学びすぎてビビりになったベテランの方が実際は重症です。
さあ、自分に問いかけてみて下さい。
新年早々に心が折れたのは、目標が高かったのではなく、
「失敗したくない」という恐怖心に負けただけではないですか?
では、どうすればその「失敗の呪縛」から抜け出せるのか。
答えはシンプルです。失敗の「定義」を変えればいいのです。
多くの人は、失敗を「自分の弱さの証明」だと脳内変換してしまいます。
だから恐れるし、実現してしまう。
失敗した時、私はこの3つの言葉を脳内でグルグル回します。
「失敗は今の力の認識であって、弱さの証明じゃない」
「1人じゃないからまだ強くなれるな」
「俺たちの力はこんなもんじゃない」
まず、自分を過信しないこと。
落ち込む人は、自分を過信しすぎです。
例え人の2倍、3倍やっていたって失敗する時は失敗します。
そんなやってもいない、人並みの努力で「成功するかも」と期待出来るなんてすごいなと、
デビル唐津は思います。
例えば、ベンチプレスで100kgが上がらなかったとします。
それは「人間としてダメとか弱い」ということではありません。
「今の筋力では100kgは物理的に無理だった」という事実が判明しただけ。
要するに、勝手に感情の問題にしているだけで、
単なる「現状把握」なんですよ。
「ああ、今はこんなもんか。データは取れた
でも目の前にいる大切な人や仲間がいるから、
個人の失敗ごときで揺らいでいる場合じゃない
改善したらもっと上に行けるポテンシャルがあるのは分かったし、やろうか」
そんな感じで考えています。
社員が失敗した時も同様に、ネチネチ長く怒ることはないです。
コンビニまで散歩行って帰ってきたらスッキリ、とかよくある話です。
「改善点が見つかったなら、全員で全力で挽回」
それに集中するのみ。
今はそれが社風になりました。
そんな事から、周囲から「唐津さんって落ち込まないですよね」とか
「切り替えが異常に早い」と言われます。
たまに「サイコパスなんですか?」という疑いの目で見られることもあります(笑)
(たぶん違うはずです)
感情が欠落しているのではなく、単に「自己認識(データの入力)」が完了しただけなので
そこで立ち止まる必要がないのです。
いつまでもそこに留まって「悔しい」とか「悲しい」と感情をこねくり回すのは、
時間の無駄で、立ち止まっている方がよっぽど苦しいという感覚になってしまいます。
そして世の中には「空気読めないな」とか「自己中だな」という人がいますよね。
彼らの多くは、決定的に自己認識ができていないように感じます。
これを言い換えれば、彼らは人生で「失敗」が少ない(と感じている)とも言えるわけです。
自分のズレ(=失敗)に気づく能力がないから、いつまでも「自分は正しい」と思ったまま、
周りに迷惑をかけ続けてしまうのです。
そう考えると、今、何かに失敗して「あちゃー」と頭を抱えているそこのあなた。
おめでとうございます。
「まともな自己認識」を持っているということです。
失敗を認識できるということは、自己中ではないという証明でもあります。
落ち込む暇があったら自己認識してください。
成功者と呼ばれる人たちを観察してみるとわかります。
彼らは一度も失敗しない完璧な超人でも天才でもなく、
人よりも多く、「失敗という名の自己認識」を繰り返しているだけです。
失敗するたびに、
「今の自分のレベルはここか(認識)」
「このやり方は通じないのか(認識)」
「じゃあ、次はこうしよう(改善)」
そうやって現在地を確認し続けているんですよ。
失敗する度にGPSが作動して、正しい現在地が分かるみたいなね。
だから、自分探しなんてする意味ないですよ。青い鳥もそう。
探す暇があるなら、挑戦しまくって失敗したらいいんです。
もし今、これを読んでいる新年鬱のそこのあなた。(だれ?)
「今の実力の現在地」が分かったと前に進むのか、
「自分はダメだ」とふて腐れて沼に沈んでいくのか。 どっちを選びますか?
自分は何度も何度も思っていますよ。
「ここで終わらんぞ」
そう、しつこいんですよ。
その「往生際の悪さ」を持てるかどうかも、技術のうちなのです。
結局、今日私が言いたかったことはこれに尽きます。
「恐れている時間は、人生の無駄遣い」
そんな暇があるなら、本読め、運動しろ、人に会え、どらやき食べろ。
人生の時間は有限、長いようで短いのです。
私たちクライフも、日々の業務で難題にぶつかることはあります。
ですが、そこで「無理だ」と嘆くことはしません。
受け止めるべきは受け止めて「出来る理由」に挑戦します。
楽ではないけど、本当に楽しいんですよ。
この仲間と乗り越えていくことが。
箸が転がっても笑い合える、やる時はやる、背中を預けられるチームがあって
失敗を恐れず、挑戦と改善を繰り返す、このスタイルが好きです。
きっと京都で一番笑顔の多い管理会社だと思いますよ。
しんどい時でも笑えるチームが自分の理想であり、最高で最強です。
まだまだ道の途上ですけどね。
考え方次第で自由自在。
どうせ思い込むなら、自分を信じてあげてくださいね。
今日はこのへんで。
ではでは。
【今週のQ&A】
Q. 「管理業って、毎日のようにクレーム対応があってメンタルが大変じゃないですか?」
A. 「実は弊社では『クレーム』という言葉を使いません。すべて『サービスリクエスト』、略して『SR』と呼んでいます。かっこいいでしょ(笑)。
『文句を言われている』と思うと辛いですが、『サービスを求められている』という認識で向き合うと、やるべきことが明確になるんです。言葉の定義一つで、仕事の質は変わりますよ。」
