日曜ブログの157回目。
いきなり本題、
「理想は探すのではなく、築くもの」について。
いきなり忙しくなりました。
忙しくなると正直イライラしやすくなります。
短気な人のほとんどは余裕がありません。
アンガーマネジメントがうまくなったので
最近は表には出しませんが限界値を超えると、
元来の短気に戻ることは自覚しています。
イライラすると、いつも以上に人に嫌われます。
とはいえ、台風6号のおかげで予定が変更になり、
回復の目処が立ちました、ありがたいことです。
(ちゃんと寝るのが一番の薬です)
好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、とか自分のこだわり含め
言いたいこと言っていれば、まあ嫌われます。
でもいいのです。
相手に合わせて生きるよりもよっぽどマシだからです。
自分を見失わないためにもね。
そして、ちゃんとポジティブな効果もあります。
嫌いだわとか、合わないなって人は自然と寄って来なくなるからです。
逆に気を付けないといけないのは、
イエスマンばかり集めてしまわないようにする事と、
賞賛されても真に受けないことです。
究極は自分自身が自分の一番のファンであり、
アンチであるって感じでいたいなと思っています。
無駄に敵を作るのは良くないですが、
摩擦を避けすぎるのはもっと良くないです。
誰からも信頼されなくなるからです。
そもそも万人に受けるなんて無理であり、ある意味無責任で
そんなのAIだけでいいんです。
信頼関係の構築には議論が必要です。
それはお互いの「価値観」や「違い」を理解する必要があるからです。
とはいえ、
よくある摩擦の現場で起きがちなのは、
意見を「正しさの押し付け」と受け取られてしまうことです。
押し付けるつもりも、見下すつもりも、批判するつもりもないのですが
「俺には俺の考えがある!」と怒られた経験が今までに何度もあります。
図星だった?余計なことだった?誤解された?
まあ全部かもしれませんが受け取り方ってコンディションにもよります。
イライラしている時は「やかましい」
余裕がある時は「そういう考え方もあるよね」
つまり自分には到底コントロール出来ない領域なのです。
怒らせてしまった時、悲しいなという気持ちもありますが、
寝れば基本回復します。どんなに長くても3日経てば消化しています。
怒らせてしまったのは自分でも、怒ることを決断したのは相手なので
それも自分がコントロール出来ることの範囲外。
小さい事言うなよ、そんな面倒だったら引きこもりになるしかないわ!って
叫びたい気持ちに何度もなりつつも残念ながら今のところ引きこもってはいません(笑)
客観的に今この人とは議論にならなかったというのが解釈ではなく事実として受け止めるのみ。
でも、怒らせてしまった時、逆にポジティブな事もあります。
それは、日々周囲の受け止めてくれる人の優しさに改めて感謝出来ることです。
みんなが優しすぎたら、それも当たり前になってしまうでしょう。
面倒くさいことがあるから、感謝出来ることもあるってことです。
人間関係は面倒くさいし、それに苦労も困難もあるわけで、
でもそのおかげで人は成長出来る。
とはいえ怒らせるケースとは逆に自分が怒るパターンもあります。
お恥ずかしながら最近の話で、些細なことで「そんなのわかっとるわ」と
イラついて言ってしまいました。
(実に小さいやつです)
寝て起きて思いました。
疲れていたんだな、小さかったな、申し訳なかったなと。
そして「イラついてしまいました、ごめんなさい」とすぐ謝りました。
相手の返事は「大丈夫、わかってるよー」でした。
でも相手が許す、許さないよりも、自分から謝れたのが偉いなと思いました(笑)
もとい、
最近の風潮にある論破して誰が勝った負けたってのは
実生活においてはほとんど何の価値も持たないし、
信頼関係をぶち壊してしまうだけです。
何が言いたいかっていうと、どんな人だろうが
イラついたり、寛大だったり、波打ちながら日々生きていて
波が違えばぶつかり合うのは必然だってことです。
「ありがとう」だけでも信頼関係は出来るが、
築き上げるには「ごめんね」が必要
何かそんな感じに思います。
そして、そもそも嫌われることに対して恐怖もなければ抵抗がないと言いつつも
今と違って昔は開き直っていただけでした。
「ありがとう」も「ごめんね」も全然足りなかったし、
ただただ厳しかったので、きっと相当嫌われていたと思います。
ちょっと振り返ってみましょう。
20代前半は自分自身にも他人に対しても「厳しさ9,優しさ1」の割合で
自分も周囲も疲れ果てさせてしまい
30代前半で「厳しさ7、優しさ3」にしようと方向転換。
それで上手くいくかと思いきや、そんなに変わらず。
30代中盤は「厳しさ5、優しさ5」ぐらいのバファリンみたいな男になろうと試してみるも、
これまた上手く行かず。
結局「何のための厳しさで、優しさなのか」ってのが大事で割合の問題ではなかったのです。
細かい話をすると長くなるので割愛しますが、
今となっては「厳しさ5、任せる5」という意識に変えています。
そうです、優しさなどいらないのです
信頼して任せることが結局優しさよりも優先される事
に気付いたのです。
人間関係は「傷つけたり」、「傷つけられたり」
信頼関係は「ありがとう」と「ごめんね」
誰かに嫌われたり、怒られたりしながらも
全ての人に嫌われることもなく、怒られることはなく、
受け止めてくれている周囲の人の寛大さに感謝する気持ちになれたら
世界の終わりのように思っていた景色が少しずつ変わって
大変だったけどあんな事があって良かったなといつか思えるようになること。
あなたが今日好きな誰かも、誰かにとっては嫌いな人であり、
あなたが今日嫌いな誰かも、誰かにとってはとても大事な人。
ポエムのようになりましたが、
実際こんな感じですよね。
人の縁って儚いし、続く事は凄い奇跡だと思います。
そして大事なのでもう一回言います。
理想の関係ってのは、探すものではなく、自分達の手で築き上げていくもの
プライベートも、ビジネスも人の縁。
お客様は神様ですという言葉が今は通用しないのも、
今はより築き上げる信頼関係が重んじられるからだと思います。
「得だな」という関係よりも「長く付き合っていたいな」と
思える関係の方が大事なわけです。
「お客様からの理不尽に耐えるのも仕事のうち」なんて環境で私は育ち、
そのおかげで成長出来ましたが、今となってはそれもハラスメントになってしまいます。
今の人達はそういう意味で苦労や困難を回避出来てしまうので成長が阻害される事はありますがそれはまた別の話。
お客様を選ぶとか偉そうな事を言うつもりはありませんが、
互いの価値観への理解やお互いのリスペクトがないと、
信頼関係は築けないので、議論が必要になります。
逆に議論が成立すればお客様を選ぶ必要すら無いんだと思います。
ちょっとまとめてみましょう。
| 項目 | 長続きしない関係性 | 長続きする関係性 |
| 関係性の前提 | お金を払う側が「上」、もらう側が「下」 | お互いの価値をリスペクトし合う「対等」なパートナー |
| 求めるもの | 目先の利益、とにかく安さや都合の良さ | 長期的な信頼、提供する価値や理念への共感 |
| トラブル時の対応 | 感情的にマウントを取り、一方的に責任を追及する | 「どう解決し、良くしていくか」を是々非々で共に考える |
| 現場への態度 | 他人を「業者」や「便利な駒」として無機質に扱う | 一人の人間として大切に扱ってくれる |
一言で言えば、「お互いを大切にしようという気持ちを持てるかどうか」
「俺には俺の考えがある」ではダメってことです。
仕事もプライベートも同じで、礼節を欠いたり、
理不尽な要求を押し付けるようではどれほどメリットがあっても信頼関係は作れないでしょう。
とはいえ、何でそんな目に合うのか考えることも必要で、
日々の自己研鑽を求める最大の理由は実はこれだったりします。
消耗させるだけの関係も理不尽な要求に屈しそうになるのは
なんだろうと挫折の度に思ったのです。
「未熟だから」
「実力が足りないから」
「実績がないから」
もうこんな思いはしたくないし、自分も、大切な人を守り抜くためにも、
理想の信頼関係を築き上げるにも自己研鑽をせねばと思って今に至るわけで、
概ね間違っていなかったと思います。
余裕があれば、ちゃんとありがとうとごめんねも言えるし
ストレス耐性も出来るし、余裕が無い仲間をフォローしたり、助けたりすることも出来ますから
同じ挫折を繰り返さず済みます。
だから社員にも度々こう言っています。
働きやすい会社で馴れ合うのは良い会社とは思わない。
働きがいのある会社で、切磋琢磨する会社にしたい。
時にぶつかってもOK。
信頼関係を作るために摩擦は回避不可能。
でもちゃんと最後は「ごめんね」と「ありがとう」を言いましょう。
そして余裕を持てるぐらい自己研鑽して繰り返さないようにね。
お互いをリスペクトし合える仲間や人間関係はお金よりも価値のあるものです。
それも社員に実感してもらえる環境にしたいのです。
今日はこのへんで。
ではでは。
今週のQ&A
Q:「ごめんね」と謝るのって、変なプライドが邪魔して難しくないですか?
A:変なプライドがあると謝るのは難しいですよね(笑)でも客観的に自分を見てみましょう。
大人になってもフキゲンな人がいかに幼稚で、謝れない人ほどダサいものはないと気付くはずです。
結果的に、謝った方が舐められるどころか、変な摩擦が減って信頼されるようになります。
テヘペロって出来る人の方が人間力が強いのは明らかです。
