日曜ブログの161回目。
いきなり本題。
「育つ人は、勝手に育つ」について。
先日息子とゆっくり話す時間がありました。
最近の仕事はどうだ?なんて話もしました。
詳しくは書きませんが、彼なりにもがいているようです。
「ああ、ちゃんと人生をやってるな」
と思いました。
人生を一生懸命やるということは、だいたいもがくことです。
毎日順調で怒られもせず、失敗もせず、傷つきもせず、周りから評価され続ける。
そんな人生甘くないし、だからこそ面白いのです。
現実の人生は、泥くさいぐらいで丁度いいんです。
恥をかくし、悔しい思いもするし、自分の未熟さも知ります。
見返したい人も出てくるし、夜寝れず一人で反省することもあるでしょう。
そういうものの積み重ねで、AIに代替されない人間力を身に付けていくのです。
もちろん、子の成功を願う親の気持ちはわかります。
でも、たいして成長していないのに成功してしまう方が、私はよっぽど心配になります。
中身が伴わないまま、過分なお金を得るとか、肩書きだけ立派になって
人間性が曲がった人たちを沢山見てきたんでね。
変わった親かもしれませんが、まあ、今さら良い父親ぶっても仕方ありません。
乗り越えられない壁は自分の目の前に現れないんだから大丈夫。
かつての自分も通った道というか、今も通っている道です(笑)
迷惑をかけたなら謝る。
足りなければ努力する。
悔しければ挽回する。
見返したい人がいるなら、その気持ちを燃料にする。
動機なんて、最初からきれいでなくてもいいのです。
「成長したいです」よりも、「あいつを見返したい」の方が、
パワーを発揮する時もあります。
もちろん、見返す方法は正々堂々、真っ向勝負でやらんと駄目ですけどね。
結局、仕事のストレスは仕事でしか発散出来ません。
酒もカラオケもボーリングもバッティングセンターも全部一時しのぎにしかなりませんでした。
まあ20代なんて、まだ何かを得た感覚なんてなくても大丈夫。
悔しくて、情けなくて、しんどくて、
何で自分だけこんな想いをしないといけないんだとか思うかもしれないけど
「あの失敗があったから」と思える日が来るはずです。
努力はいつだって先払いで、結果はだいたい後払い。
その時は損に見えた経験が、あとから利息をつけて返ってくるものです。
どのレベルで諦めるのか試されてると思ってナニクソ根性でやってたら大体正解だと思います。
成功し続けるのが成長じゃなくて、失敗しても立ち上がれるようになるのが成長なんでね。
致命傷にならない失敗は回復力のある若い内にどんどんすべし。
だからこそ、過保護はダメですよ。
そこの優しいあなた。
段差を全部なくしてあげることは、優しさではなくむしろ残酷です。
段差があるから足腰が強くなるし、転ぶから受け身を覚える。
痛い思いをするから、次から気をつける。
何かあっても致命傷を負わない、結果立ち上がれる自分になるという流れなんでね。
子供にバリアフリーの人生なんて間違っても用意しないことです。
「親はなくとも子は育つ。」
心配しつつもこの言葉を何度唱えたことでしょう。
でも結局そうなんですよ。
高校生以降からは、親の言葉よりも、自分の経験の方が人をつくっていきます。
失敗、成功、恥、悔しさ。
人との出会い、理不尽、自分の甘さ。
それでも踏ん張った経験。
そういうものが重なって、
その人だけの価値観ができていき、ドラマになっていくわけです。
そして、ふと思いました。
これは社員も同じやなあと。
ぶっちゃけ、私は今こう思っています。
「育てる必要がある人は、結果的に育たない。
育つ人は、勝手に育つ」
なかなか性格悪そうな言葉ですが、
今まで色んな人と向き合ってわかったことです。
人は外から変えられない。
こちらができるのは、きっかけを渡すこと。
環境を整えること。
仕事を教えること。
信頼すること。
失敗しても戻ってこられる場所をつくること。
でも、最後に変わるかどうかは本人次第。
創業時に、とある先輩経営者からこんな言葉を聞きました。
「経営は採用が8割」
理念や熱量は大事だけど、それだけでは組織は上手く行きません。
パッション満載でビジョンを語る社長の会社が衰退していくのを見て思った事があります。
それは、合わない人が集まると、組織は静かに崩れていくという事です。
「誰でも変われる」
「誰でも輝ける」
「ダメな人なんていない」
これは理想としては美しいし、私もそう思いたい気持ちはあります。
でも、言っているだけじゃ正直アホだと思います。
人には合う場所と、合わない場所があるのです。
その人が悪いのではなく、その組織に合わないことがある。
能力が低いのではなく、文化に合わないことがある。
ここを間違えると、会社も本人も不幸になります。
合わない人を採用してから、必死に変えようとするのは正直無理ゲーです。
たった一人のミスマッチとあなどるなかれ。
一人のミスマッチの影響で本来なら長く活躍できたはずの社員を、
五人ぐらい失うことだってありえます。
だからこそ、最初からその組織に合う人を採用することです。
うちの会社で言えば、大切にしているのは、素直さ、謙虚さ、他者視点。
学歴や実績、資格は不問。ひたすら価値観の相性を見ます。
もう一つ、面接官には極めつけとして、
「この人は⚫︎⚫︎が良さそうか」
「この人には⚫︎⚫︎があるか」
という二つのポイントを見てもらっています。
書くと志望者に対策されると嫌なので伏せておきます。
(中身が知りたい人は聞いてくれたら教えます)
特に慎重になるのは、頑固で視野が狭い人です。
こういう人は、能力が高かったり、興味深い個性を持っていたりするからです。
実績がある。
資格がある。
話がうまい。
自信があるように見える。
だから、面接官も時々迷います。
「この人が入ってくれたら、会社が伸びるかもしれない」
でも、組織において大切なのは、個人の力ではありません。
うちの会社は、
「力がある人」よりも、「力を合わせられる人」
の方が合っているからです。
そして色々分析して、うちで長く活躍する人には、
いくつか共通点があることも分かりました。
感情表現が豊か
素直である
賢ぶらない
気を遣える
人からどう見えるかを考えられる
少し面白い
つまり、人間味がある人が長く活躍します。
賃貸管理の仕事も同じです。
オーナー様がいて。
入居者様がいて。
業者さんがいて。
社員同士の連携がある。
一人の正しさだけでは、仕事は進みません。
オーナー様の不安。
入居者様の不満。
業者さんの事情。
社内の仲間の負担。
それらを想像できない人に、いい仕事はできません。
その人の信念や、好きなことや、大事にしていることが、
会社の方針や文化と合っていないとうまくいくわけがないので
面接官の耳にイカかタコが出来るぐらい言い続けています。
『そもそも、優秀な人を採用するんじゃないよ、
良い 人を採用するのでもないよ。
「うちの会社に合う人を採用するのです」
だから、「うちはどういう会社なのか」「何を大事にしているのか」を曖昧にしないで、
しっかり伝えよう。
給与とか福利厚生を最優先にする人ではなく、「どんな自分になりたいか」を持っている人と働こう』
大事なので繰り返し言いますけど、
採用とは、能力を見ることではなく、価値観の相性を見ること
これに尽きます。
そして、併せて大事なのは、「人が育つ仕事」を用意することです。
人が人を育てる。
もちろん、それもゼロではありません。
先輩が教えることもある。
上司が導くこともある。
仲間から学ぶこともある。
でも本質的には、人が人を育てるというより、
人は仕事の中で育つのだと思います。
責任ある仕事。
少し背伸びしないと届かない仕事。
考えないと前に進まない仕事。
人と協力しないと成り立たない仕事。
失敗したら悔しくて、成功したら嬉しい仕事。
「合う人」は仕事を通して、人との協力の中で勝手に育っていきます。
「合わない人」は壁にぶつかった時他責にしたり、一人で抱えこんで問題を難化させます。
だから採用に妥協してはいけないのです。
もちろん、偉そうに言っていますが、
採用は簡単ではありませんし、何度も間違えました。
今年もまだ採用する予定で色々やっているわけですが
勘違いしてはいけないのは、採用とは「こちらが人を選ぶだけの場」ではないということです。
こちらが選ぶ以上に、相手からも選ばれているわけで、
どれだけ会社に合う人がいたとしても、その人から見て魅力のない会社なら、
そもそも来てもらえません。
つまり、妥協なき採用をするなら、
こちらも妥協なき会社づくりをしなければいけないということ。
集めるのではなく、集まる会社になる。
「この会社で働きたい」
「この人たちと働きたい」
「ここなら自分も成長できそうだ」
人を選ぶ前に、選ばれる会社になれ
採用を語るたびに、最後はそこに戻ってきます。
「何をやるかよりも、誰とやるか」
このメンバーだったら、何をやっても楽しいだろうし幸せだ。
そう思える会社でありたいし、そう思ってもらえる会社だったら
きっと関わる人も幸せに出来るでしょうし、そんなの最高だなとイメージしています。
とまあ、偉そうに書いていますが、
結局いちばん育たないといけないのは、まず社長本人ね。
それは間違いなし。
ちゃんとわかっていますから(笑)
だから今も、ちゃんともがいているんです。
今日はこのへんで。
ではでは。
今週のQ&A
Q. 会社に合う人ばかり採用すると、似たような人ばかりになりませんか?
なりません。
うちの会社は個性が爆発しています(笑)
土台が合っていれば、むしろ個性は違う方が強い。
多様性って言葉が流行りましたが、
価値観のズレを「多様性」と呼ぶのは違います。
会社に合う人を採用するというのは、同じ人を集めることではなく
同じ方向を向ける人を集めることです。
登る山が同じでも、登り方は違っていい。
でも、登りたい山が違う人を無理に連れていくと、お互いに不幸になるみたいなね。
「この人は、同じ山を登りたい人なのか」
そこを見ないといけませんね。
