日曜ブログの150回目。
スプリングハズカムです。
春は出会いと別れの季節。
最近の出会いで言えば、うちにも新入社員が入ってきて新しい風が吹いている事と、
別れで言えば、不健康な生活です。
内容をシンプルにお伝えします。
(本当は20項目あります)
①飲酒は週1回
②普段は揚げ物食べない(会食時はOK)
③週2回以上運動
④7時間睡眠
ありがとう、不健康な日々。
若い時の回復力があってこそ、君との日々は輝いた。(かもしれない)
身の丈に合わないお金の使い方や人との付き合いは虚しい事もわかった。(と言うか飽きる)
そして君と50歳前後まで付き合った先輩は高確率で大病を発症して僕はビビった(流石に気付いた)
そして今が人生で一番健康的な気もするけど、2,30代の回復力は戻らない。
というわけで、さようなら。
春のポエム風にお届けしました♪
なんておふざけはここまでにして、
健康なんて言うと爺臭い感じがするけど、最高のパフォーマンスをするための自己管理。
回復力が無くなった事を自己管理とすり替えているような気もするけど、
いいのです。人間そんなものです。
ただ、自己管理を意識している人は、自己管理出来てない人に対して
厳しく評価するのは絶対あります。
(出来ていない人はそれに気付いていないだけです)
仕事はちゃんとしているのに、臭いな、汚いな、ダサいな、だらしないなとなると
そういう一面あるのか、信用ならんなと思われています。
それに加えて、いくら瞬間的に活躍したとしても、
信頼関係の継続性を重視するうちの会社のようなビジネスの場合は
自己管理がいい加減な人には安心して任せられないのです。
暴飲暴食とか、夜遊び、ギャンブルにのめり込む人。
それをいつまでたっても卒業出来ない人はうちでは基本採用しないし、
もし採用したとしても長く働く事は出来ないのです。
やれやれ、いつまでお金で買える価値だけ集めているんだか。
思い出、ぬくもり、仲間、健康、絆、信頼関係とかお金で買えない素敵なものに
早く気付いたらいいのにな。
さて本題。
「良い人ではない理由」について
日本アマノジャク協会(会員1名)に所属している私としては
SNSの「いいね」は「どうでもいいね」に、
「良い人」って言われると、「どうでも良い人」って言われている気がします。
だから、そもそも「良い人」になりたくありません。
で、先週「期待と信頼の違い」について書きました。
とは言え、信頼関係が高まったら高まりっぱなしかというと、そうではない事もあるのが厄介なところ。だから来週書くね、と言ってからの続編です。
信頼関係は構築されるというと「お城」を築くかのようなイメージかもしれませんが
私が思う適切なイメージは「貯金」です。
英語で言うCREDITは「現金」の意味もありますが、
実は「信頼」という意味もあります。(深いですねー)
最近、人間関係で考えにズレがあるなと思っているそこのあなた。
そうです、信頼残高が減っているのです。
まずこれに気付いて下さい。
そして、こんな経営者あるあるがあります。
「一番わかってくれていると思った社員が一番わかっていなかった」
例えば、社長は「ベテランなんだからこうあって欲しい」
そしてベテランは「社長がこうあってくれたらいいのに」
お互いが期待をしたままでいると共通認識はズレていきます。
つまり信頼残高において、期待している関係性はインフレなのです。
インフレ状態と言う事は、放っておくだけで現金の価値はさがります。
と言う事は信頼残高も目減りするのです。
あんなに仲良かった、信頼関係があった二人なのに
なんで離れてしまったんだろうって事ありますよね?
まさに一度作った信頼関係が強固なもので壊れる事はないという誤解から
、相互に期待し、コミュニケーションが薄れ、起こる現象です。
法人も個人も、形も変われば、変化の速度も変わっていくもの。
夫婦だって、友人関係だって、全部そう。
変わらないものと信じた社員
そもそも変わっていくものだと思っている経営者。
(その逆もしかり)
「創業メンバーはほとんど残らない」という現象も
こういう構図になっています。
理念やミッションなどブレてはいけない共通認識とは別に
組織も個人も変化を受け入れなくなると衰退あるのみ。
共通認識がないと「変化しないもの」と「変化するもの」が生まれ、ズレが生じてしまいます。
だからこそ、どちらの立場であれ意見をぶつけることが大事。
ぶつけてぶつけてぶつけてダメなら、その時は環境を変えたらいいんです。
実際自分もそうやって創業したわけです。
相手がどうとか言う割に自分から意見もぶつけず、
「価値観の違い」なんてバンドの解散みたいな理由でいなくなったり、
もっともらしい嘘をつくのだけはやめましょう。
わかる人にはすぐわかりますからね。
もとい、
信頼関係(=信頼残高)ってのはたえず増えたり減ったりしながらバランスをとっているだけ。
通帳残高みたいなもんやねんなっていう共通認識も必要になってくるわけです。
調子が悪そう、結果が出てない、これ以上抱え込むと壊れそう。
こんな状況の人がいるとします。
信頼残高が減っている状態です。
まず話を聞きましょう。
そして、その人を助けたいと思えたならあなたの信頼を貸してあげて下さい。
かつて、あなたがそうしてもらったように。
とはいえ、「貸してもらいたくない、俺は俺の力で何とか復活するんだ」って人も
いますよね?
その場合は残酷ながらどうにもならないかもしれません。
人間って困った時に「手伝って」とか「助けて」とか「相談に乗って」って
事を繰り返して苦難を乗り越えてきた生き物なんでね。
そんなに強くないって事に気付いていない事が致命的なのです。
無一文で経営再建するのと、誰かの協力や投資を受けて経営再建するのと
どっちが可能性が高いかは想像すればわかるかと。
そして、信頼関係について経営者間で良く言われる事があります。
社員なんて自分勝手じゃないか。
調子が良い時は「任せてもらって嬉しい」、「成果が出た時は自分の手柄だ」
調子が悪い時は「俺ばかり負担が大きい」、「成果が出ないのは周囲のせいだ」
信頼して任せても都合の良い解釈ばかりするじゃないか、
面倒くさい、自分以外信頼出来ない、もう人を雇うのは嫌だ。
みたいなね。
(経営者の70%が精神疾患と言われる所以です)
わからんでもない。
でも、それについても自分の中で答えは出ています。
「そんな風に思う人に仕事は任せない」
ただこれだけ。
仕事は出来たらいいなで任せない事。
それは信頼ではなく期待だからです。
「その仕事が出来る人に仕事を頼む」
これを徹底するだけ。
あとね、ぶっちゃけた話。
近年全体的に、個の力が弱まっていると感じています。
だから、その仕事が任せられる個人がいればいいななんて期待しない方がいいです。
それを補完する意味もあって、うちではバディやチーム、仕組みで仕事をしているわけですが
個人として弱いのに機能するか、通用するかというと、絶対しません。
個人の強さと自立があって初めて、本当の意味でのチームや仕組みが活きる事は間違いないのです。
個人にフォーカスするとやはりそれなりの厳しさがないといけません。
でもね、愛情があるのと、甘やかすことって全然違うんですよ。
愛情は、見た目が鬼で、中身が天使。
甘やかしは、見た目が天使で、中身が鬼。
仲間がいつもいないと出来ないの?
局面を切り拓けないで何がプロなん?
そんな問いかけを自分にはずっとしています。
(社員にもたまにします)
私は鬼でいいのです。
(だから中身は天使です)
要は、仕事において「結果を出せる事」こそが信頼残高を積み上げる方法なのです。
相談相手になって空気作りに貢献しているなんてのはただの寝言で、求める結果ではない。
「顧客を幸せにすること」
これがうちの仕事の定義。
その結果が出せる力があるかどうか。
「力愛不二」って言葉があります。
愛なき力はただの暴力であり、力なき愛は無力という思想です。
無力で綺麗事言っている人なんてプロじゃない、ただの偽物です。
どんなにかつてプロだったとしても、実績があったとしても、良い人だったとしても
今の「信頼残高」が今の状態を示しているのです。
通帳残高の1ページ目が1億円あっても、何の自慢にもなりません。
今のページが100円だったら100円なんです。
「信頼残高」が減っている人に対して、
私は優しい言葉をかけないようにしています。
「良い人」にならないし、別に嫌ってもらってもいい。
慰めているフリして、相手を見下すような自分になりたくないのです。
結果が出ていない事に悔しさが無いのは論外として
プロにとって、結果が出ない時の悔しさは本人のもの。
つまり、過程を褒めてしまうのは、相手を一人前として扱わず、
子ども扱いしているのと同じ意味なのです。
優しい言葉をかけて「良い人」になるのは、
実のところ自分自身の「心が痛むのを避けたい」というエゴでしかないのです。
【良い人になりたい経営者 VS 信頼をベースにした経営者】
■ 結果が出ない時
良い人:プロセスは良かったよと慰める
信頼する人:沈黙し、再起の機会を信じて待つ
■ 目標に対して
良い人:無理しなくていいよと妥協する
信頼する人:君ならできるはずだと基準を下げない
■ 失敗の報告時
良い人:次は気をつけてとサラッと流す
信頼する人:相手が自ら原因を見出すまで口を出さない
自ら気づいて、乗り越えるチャンスを奪うなよって事です。
そもそも「用意した正解」を与えてやらせた結果なんて、本当の意味での成功体験とは呼べません。
たとえ失敗したとしても、そのプロセスに「自らの思考」があるならば、それは立派な成長です。
なので以前のブログに似たような事を書きましたけど、
信頼出来るかどうか判断している大きなポイントはここに集約されます。
「失敗しない事ではなく、失敗したあとに次の選択肢を持って立ち上がれるか」
極論、失敗しない人っていうのは信頼出来ないのです。
あと、実は失敗しても信頼残高って思っている程減らなくて、
立ち上がらないことで信頼残高がガンガン減っていくってことは知っておいて欲しい。
そこで大事になってくるのは
信頼残高を減らさない事ではなくて、
減った時に回復力があること。
なんとこれ
体と違って鍛えれば回復力は衰えない。
やる事を増やすのではなくて
「やらない事を決める事」がスタートって所は体と一緒。
覚えておいて下さいね
「信頼の回復力は年をとっても鍛えられる」
(伏線回収できました)
あと、こんなにやいやい信頼って言う理由についても伝えておきます。
「信頼」つまり、「人の役に立っていること」って一つの幸せなんですよ。
僕は社員に仕事を通しての幸せを感じて欲しい。
で、仕事を「楽しい」と胸を張って言える、かっこいい大人であってほしいんです。
大人が毎日楽しそうに働いている姿を見せることって
子供たち含め未来への希望になるでしょう。
それが僕の中での「人を雇う理由」だったりします。
その為の「信頼残高」。
自分で積み上げるのもそう。
最初は誰かに貸してもらった事は忘れてはいけないし、
やがて大切な誰かに貸したり出来る人であって欲しい。
そして「仕事、楽しい?」って僕が聞いたら、
「楽しいです!」って満面の笑顔で返してほしい。
それが自分の願いかな。
ん?楽しくなさそうってのがヒシヒシ伝わってきたら、どうするかって?
うーん。
その時はすぐ売るかもしれません。
良い人ではないので、気を付けてください(笑)
今日はこのへんで。
ではでは。
【今週のQ&A】
Q. 「相手の成長のために見守る」ことと、「壊れそうな時に寄り添う」ことの見極めが難しいです。どこでその線を引けばいいのでしょうか?
A. 見極めの基準は一つ、「本人がまだ自分の頭で考えられる状態かどうか」です。
結果が出ずに苦しんでいても、もがいて思考が動いているうちは絶対に見守ります。
すぐ優しい言葉をかけるのは、上司が「部下を慰める良い人」になって安心したいだけのエゴだからです。
でもプレッシャーや連続する失敗で完全にフリーズし、「考えることすらできなくなっている(壊れそうな)」時は違います。
寄り添う目的も、ただ甘やかすためではなく「もう一度、自分の足で立ち上がり、自分で考えて動ける状態に回復させるため」です。その線の見極めも数をこなしていきましょう!
