日曜ブログの149回目。
桜が咲いていくまでの変化を見るのが楽しいなうです。
ただどっちかと言うと満開の桜よりも、つぼみの桜や、咲き終わった桜の方が
何か考えさせてもらえる事が多くて好きです。
本当に早いし、本当に儚い。
終わってから、過ぎ去ってから気付く人がほとんどだけど
自分はその前に感じるタイプなんだと思います。
桜が咲くまでの過程も、子供が大きくなるのも、自分が年を取るのもあっという間。
この季節は永遠に続きそうな日々が絶対続かない事を確認する機会になります。
さ、そんなポエマー的な話はさておき。
春が近づくと管理物件の雑草も力強く伸びてきます。
雑草が伸び放題の物件は、鼻毛が出ている人ぐらいイメージダウンするので要注意。
そう思って、ある社員に「そろそろ除草剤まいておこうか」って言ったら
なんと「2日前に撒いたので大丈夫ですよ」と言うじゃないですか。
思っていた事を言う前にやっているなんて奇跡。
良い社員がいるぞーって自慢したくなりましたよ。
こういう「誰でも出来るけど、やらない事」が出来るって素晴らしい。
信頼出来るわー。
さて本題。
「期待しないこと」について
よく「●●に期待している」なんて言葉を耳にしますが、
実はここに違和感をめちゃくちゃ感じてしまう自分がいます。
言うのも言われるのもあまり好きではないです。
「本当の意味で信頼していたら、
期待なんてものは消えてなくなるもんじゃないの?」
と思っているからです。
「期待」という言葉には、「理想通りに動いてほしい」というコントロールが含まれているように感じるのです。
逆に「信頼」は、相手がどうあっても、その存在そのものを受け入れている状態、最高の信頼においてはこの人に騙されたとしても恨みもしないみたいに感じるのです。
2つの違いを整理してみました
■ どこを見ているか?
「期待」は、願望(未来)を見る
「信頼」は、相手のありのまま(現在)を見る
■ 条件があるか、ないか
「期待」は、「こうしてくれるはず」という条件付き
「信頼」は、「何があっても大丈夫」という無条件
■ 失敗したときの反応
「期待」は、失敗した時に「裏切られた」と感じる
「信頼」は、失敗も含めて「その人だ」と受け止める
■ 相手へ与えるもの
「期待」は、相手にプレッシャーを与える
「信頼」は、相手に安心感を与える
「信頼している」というのは相手を型にはめない、リスペクトがある状態という認識です。
とはいえ、本人に向かって「期待していない」とは言いません。
失礼ですからね、それぐらいわかっていますよ。
(期待出来るレベルじゃないよとは言うかもしれません、良い意味で)
うちの社員はもうわかっています。
「期待しているよ」とは言わずに、いつも「頼むね」って言うな。
社長はそういう人だなと。
そして先日、とあるベテラン社員と「これからどうなりたいのか」という話をしました。
彼は展望を話し、「いつも仕事のことを考えている」と言っていました。
彼が語る展望を聞いて、こう返しました。
「ふーん、そうか。頑張って」
たったこれだけです。
もし横で聞いている人がいたなら「冷たっ!」とか
「もっと寄り添ってアドバイスしてあげればいいのに」と思うかもしれません。
ただ、信頼関係が積み重なっている場合、
過度に寄り添う行為や「それはやめた方がいい」「こうしたらいい」というアドバイスは
相手に対してマイナスな場合もあるのです。
「わかっているよね?」
「わかっています」
これで伝わる事は難しいですが、この理想を目指しています。
共通認識があることは信頼関係の証拠なのです。
逆に共通認識がズレているという事は信頼関係が足りてないという証拠。
信頼関係を作るのに大事なのは、簡単に答えを与えるのではなく、
自ら気付いて行動をするのを待つスタンスと自分が思っている事を
面倒臭がらずに言語化して擦り合わせていくスタンス。
(魚を与えるのではなく釣り方を教えるみたいな感じです)
10年、20年と一緒に働いているベテラン社員とは
流石にこういう信頼関係を築いていたいもの。
でも特定個人の絆や信頼関係だけじゃ組織は綻びやすいので
共通認識を社内文化にする必要があると思っています。
なにが一番大事かって?
きっと何より大事な事は
「経営者がブレないこと」
その共通認識に基づいて判断しているか?
この仕事はクライフらしいか?
誰であっても忖度しないでいられるか?
例えば、「結果を出す」という事の定義は、
売上や地位や名誉や、個人だけの成長なんかじゃなくて
「顧客を幸せにすること」
そんな共通認識を持って社員が仕事に取り組んでいるかとか。
だから行動指針や目標が必要なのです。
基本的にどんな社員も一生懸命やるものです。
ただ、方向を示さないと一生懸命あっちこっちに走り出して、推進力が活かせなくなったり、
セクション間での揉め事が発生したりします。
要するに、報われない一生懸命が発生しない環境を作れるようにするのも
経営者の仕事のうちってことです。
(本当考え出したら睡眠浅くなりますけどね)
そして次に、
共通認識をもったマネジメント層がどれだけいるかが会社の強さです。
入社の浅い社員であれば、勿論信頼関係は勿論ゼロからスタート。
過程をしっかり見て、一つひとつ承認して支えていくことが必要です。
信頼関係がまだ無い状態で「背中を見て覚えろ」「結果を出せ」では育つものも育ちません。
よしんば結果が出たとしても、残念ながら一人前になったぐらいで辞めるだけ。
だってそれはあなたが育てたのではなく最初からそれだけの素質があっただけですから。
マネジメントを任せる人の適性を考える事は超重要。
成績優秀だから、ベテランだから、マネジメントが出来るわけじゃないのです。
とはいえ、マネジメント出来ない人がダメって意味ではありません。
たとえ本人がマネジメントをやりたくても、適性がないことはあるのです。
その場合はその人に向いている職務に配置することが互いにとって良いことです。
そして出来る限り早く変えることです。
いくらやりたくても、適性のない仕事を一生懸命やっても成長しないからです。
それはさっきいった「報われない一生懸命」なのです。
まあ、、、成長成長って暑苦しいわって声があるのもわかります。
成長しなくてもあるがまま楽しむ人もいるでしょうし、否定もしない
引退したら自分もそうなるかもしれません(ならんか)
ただ、うちの会社は「ひとの可能性を最大化する」という理念のもとに
集った仲間で力を合わせる会社。
なので、うちで働く限りは「成長する」のはお互いの約束なのです。
(ヨソはヨソ、ウチはウチです)
で、成長に対して思うことがあります。
成長って、成功のイメージがあるかもしれませんが
実は大きく成長するのは失敗です。
ただ「勇気ある挑戦」だと思うんです。
なんか格好良い響きですが、実際はそんな格好良くなくて、
むしろダサいぐらいなものです。
「勇気ある挑戦」ってのは、最初は大体「バカな行動」に見えるものだからです。
第三者から笑われたり、バカにされたりは当たり前。
「失敗したらどうするんだ?」
「偽善者」
「キレイ事ばっかりいうな」
「目立ちたがりや」
「そんな事しなくてもいいのに」
「うまくいくわけない」
いやー、良く聞いた。
今思えばおかげで成長出来たので感謝していますけど成功までの花道は
舗装された道ではなく、茨の道なので「なりたい。」とか「やれたらいいな。」レベル
じゃ他人に簡単に潰されるのです。
(応援しているようで潰しにかかるのが社会の特徴です)
その結果、嫌われないように、当たり障りのないこと、
誰でも出来ること、自分が過去に出来たことだけやったり、自分に嘘をつくようになって
行動を辞めて、残念ながら気付けば足を引っ張る勢に呑み込まれていく人が多いのも知っています。
アントニオ猪木さんの「馬鹿になれ!」って名言がありますが
「馬鹿になれる」ことも成長のコツかもしれませんね。
賢い人はバカじゃない。
賢くない人はバカ。
というのが一般的なイメージですが実際は違います。
賢い人はバカになれる。
賢くない人はバカにもなれない。
そんな感じですね。
まあ、他人なんて関係ないんですよ。
自分の可能性に一番ワクワク出来るのは自分だけなのですから。
最後にまとめます。
自分が信頼できるなと思う人は
「勇気ある挑戦」をコツコツ積み重ねられる人
他人を信頼したいなら、まずは自分が勇気ある挑戦をすること。
そうしたら少し周囲の人を信頼出来るようになる。
ただ、自分自身をまだそこまで信頼出来ないはず。
でも、周囲の人は信頼してくれるようになっている。
で、その次は自分の可能性に期待する。
それをコツコツ積み重ねていくんですよ。
かっこいいじゃないですか。
そうです、「自分には期待を、他人には信頼を」
が良いですね。
あ、あと信頼関係は築くものと言いつつも、崩れることも、壊れそうになることもあります。
それについては長くなったので、来週に続編を書きます。
今日はこのへんで、
ではでは。
【今週のQ&A】
Q. 「相手の成長のために口出ししない」と頭では分かっていても、部下が失敗しそうになると、どうしても手を出してしまいます。どうすれば黙って見守れるようになりますか?
A. つい手を出したくなるのは、まだ部下を信じきれていないか、失敗のフォローをするのが面倒だという保身があるからです。
手や口を出すのは簡単ですが、それは相手から「自ら気づいて成長する機会」を奪う行為です。どうしても口出ししたくなったら、マネジメントの共通認識を思い出してください。それは途中で正解を教えることではなく、「リスクを取る勇気が持てる環境を作ること」です。
